「足す」ことの作法 ― 16試験で読む、心・腎・代謝が1つの土俵になるまで
効いている薬があるなら、もっと効かせればいい。この発想は2013年、VA NEPHRON-Dによって明確に否定された。以後、上乗せの発想は「同じ経路を強く」から「別の経路をもう1本」へ切り替わる。RENAALから、SGLT2阻害薬・非ステロイド型MRA・GLP-1受容体作動薬を経て、STRONG-HFとCONFIDENCEまで。16の試験を並べると、腎臓の試験の結果が心不全ガイドラインのClass Iになるまでの道筋と、「何が減って、何が減っていないのか」が見えてくる。
このコラムが参照したガイドライン
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日本循環器学会/日本心不全学会糖尿病の有無にかかわらず、症候性のHFrEFに対して、心血管死および心不全入院の抑制を目的として、SGLT2阻害薬(エンパグリフロジン、ダパグリフロジン)を投与する(推奨クラスI/エビデンスレベルA)。
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日本循環器学会/日本心不全学会2型糖尿病かつ慢性腎臓病患者に対して、心不全発症あるいは心血管死亡予防のために、SGLT2阻害薬を使用する(クラスI/レベルA)。2型糖尿病かつ慢性腎臓病患者に対して、心不全発症予防のために、フィネレノンを使用する(クラスI/レベルA)。
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日本循環器学会/日本心不全学会症候性のHFpEF/HFmrEFに対して、心血管死または心不全入院の抑制を目的としてSGLT2阻害薬(エンパグリフロジンまたはダパグリフロジン)を投与する(クラスI/レベルA)。症候性のHFpEF/HFmrEFに対して、心血管死または心不全増悪イベントの抑制を目的としてMRA(フィネレノン)の投与を考慮する(クラスIIa/レベルB-R)。
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日本腎臓学会CQ4-5:DKD患者に対して、腎予後の改善とCVD発症抑制が期待されるため、SGLT2阻害薬の投与を推奨する【1A】。CQ11-3:糖尿病非合併CKD患者において、蛋白尿を有する場合、SGLT2阻害薬の投与を推奨する【1B】(蛋白尿を有さない場合やeGFR 20 mL/分/1.73m²未満での開始はエビデンスがない【なしD】)。CQ4-2:DKD患者の尿アルブミンの改善を示す可能性があるため、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬の使用を提案する【2C】。
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日本腎臓学会CKDステージG4、G5における推奨クラス/エビデンスレベルは、ACE阻害薬・ARB 2C、β遮断薬 2B、MRA なしC、SGLT2阻害薬 2C、ARNI 2C、イバブラジン なしD。
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Kidney Disease: Improving Global Outcomes (KDIGO)3.6.4:糖尿病の有無にかかわらず、CKDの患者においてACE阻害薬・ARB・直接的レニン阻害薬のいかなる組み合わせも避けることを推奨する(1B)。3.7.2:eGFR 20 mL/分/1.73m²以上かつ尿ACR 200 mg/g以上、または(アルブミン尿の程度によらず)心不全を有する成人CKD患者にSGLT2阻害薬による治療を推奨する(1A)。3.8.1:2型糖尿病・eGFR 25 mL/分/1.73m²超・血清カリウム正常・アルブミン尿30 mg/g超がRAS阻害薬最大忍容量下でも残る成人に、腎または心血管のベネフィットが証明された非ステロイド型MRAを提案する(2A)。
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Kidney Disease: Improving Global Outcomes (KDIGO)RAS阻害薬は忍容できる最高承認用量で投与する。開始または増量から2〜4週以内に血圧・血清Cr・血清カリウムを確認する。RAS阻害薬に伴う高カリウム血症は、減量や中止よりも血清カリウムを下げる手段で管理できることが多い。開始または増量後4週以内に血清Crが30%を超えて上昇しないかぎりACE阻害薬・ARBを継続し、eGFRが30 mL/分/1.73m²を下回っても継続する。SGLT2阻害薬は、開始後にeGFRが20 mL/分/1.73m²を下回っても、忍容できないか腎代替療法を開始するのでないかぎり継続してよい。長期の絶食・手術・重篤な急性疾患の際は、ケトーシスのリスクを考えて一時中止することが妥当である。開始時の可逆的なeGFR低下は、通常は中止の適応にならない。
根拠となる論文(16本)
RENAAL試験:ARBが2型糖尿病性腎症の進行を遅らせた古典的基盤試験 N Engl J Med, 2001 IDNT試験:イルベサルタンが、Ca拮抗薬を超えて糖尿病性腎症を守った N Engl J Med, 2001 VA NEPHRON-D試験:ACE阻害薬とARBの併用は、害だけで益がない N Engl J Med, 2013 EMPA-REG OUTCOME試験:糖尿病薬が心血管死を減らした、最初の試験 N Engl J Med, 2015 CREDENCE試験:腎アウトカムを主目的にした最初のSGLT2阻害薬試験 N Engl J Med, 2019 DAPA-CKD試験:SGLT2阻害薬は糖尿病の有無を問わずCKDの進行を止められるのか N Engl J Med, 2020 EMPA-KIDNEY試験:最も広いCKD集団で、エンパグリフロジンは腎進行を抑えるのか N Engl J Med, 2023 PARADIGM-HF:ARNIは“標準”だったACE阻害薬を超えるのか(HFrEF) N Engl J Med, 2014 EMPEROR-Reduced:HFrEFへの“2剤目”のSGLT2阻害薬は効果を再現するか N Engl J Med, 2020 DELIVER試験:ダパグリフロジンは「EFが保たれた/軽度低下した心不全」にも効くのか N Engl J Med, 2022 FIDELIO-DKD試験:非ステロイド型MRAフィネレノンは糖尿病性腎症を守れるのか N Engl J Med, 2020 FIGARO-DKD試験:フィネレノンは「より早期のCKD」でも心血管イベントを減らすのか N Engl J Med, 2021 FINEARTS-HF:HFmrEF/HFpEFに、非ステロイドMRA(フィネレノン)は効くか N Engl J Med, 2024 FLOW試験:GLP-1受容体作動薬セマグルチドは「糖尿病性CKD」の腎を守れるのか N Engl J Med, 2024 STRONG-HF:急性心不全の退院後、“早く確実に”薬を最適化すると予後は変わるか Lancet, 2022 フィネレノンとエンパグリフロジンの同時併用(CONFIDENCE) N Engl J Med「同じ経路を強く」から、「別の経路をもう1本」へ
効いている薬があるなら、もっと効かせればいい。RAS阻害薬が腎臓を守るなら、ACE阻害薬とARBを併用すればもっと守れるはずだ。蛋白尿は実際、併用でさらに減った。
だが2013年、この発想は明確に否定される。否定したのは効果の不足ではなく、害だった。以後、上乗せの発想は「同じ経路を強く」から「別の経路をもう1本」へ切り替わる。
この20年余りで起きたのは、薬が増えたことではない。問いが置き換わったことである。「どの臓器の病気か」から、「どの機序を、何本、いつ足すか」へ。その結果、糖尿病の安全性試験から出てきた薬が、心不全ガイドラインの最上位推奨になった。
本稿は監修済みの16試験を四幕に並べ、最後に、いま最も新しい問い——「何本を、どの順で、いつまでに」——に触れる。
第一幕:腎臓に、最初の柱が立った
2001年、NEJMの同じ号に2本の試験が並んだ。RENAALとIDNTである。どちらも2型糖尿病性腎症を対象に、ARBを検証した。
RENAAL(1513例、平均観察3.4年)では、ロサルタンが主要複合(血清Cr倍化・末期腎不全・死亡)を相対16%減らした(43.5% vs 47.1%、P=0.02)。内訳は血清Cr倍化25%減(P=0.006)、末期腎不全28%減(P=0.002)。心不全による初回入院も32%減(P=0.005)で、この時点ですでに腎の薬が心不全の入院を減らしていた。ただし総死亡に有意差はない。
IDNT(1715例、平均2.6年)は対照の置き方が巧みだった。イルベサルタン・アムロジピン・プラセボの3群で目標血圧をそろえたうえで、主要複合をプラセボより20%(P=0.02)、アムロジピンより23%(P=0.006)減らした。血清Cr倍化はプラセボより33%減(P=0.003)。同じだけ血圧を下げても、Ca拮抗薬には腎保護がなかった。
ここで確立したのは「腎保護は降圧の副産物ではない」ことである。そして限界も同時に確定していた。どちらの試験も、総死亡は減らしていない。
転回点:足し算の、最初の失敗
柱が1本立つと、次の問いは自然に「2本目」になる。ACE阻害薬もARBも単剤で腎を守る。併用すれば蛋白尿はさらに減る。ならばもっと効くのではないか。
VA NEPHRON-D(2013年、1448例)がこれを検証した。ロサルタン100mgにリシノプリルを追加する。主要複合(eGFRの低下・末期腎不全・死亡)は改善せず、総死亡も改善しなかった。一方で高カリウム血症は 6.3 vs 2.6 件/100人年、急性腎障害は 12.2 vs 6.7 件/100人年(いずれもP<0.001)。害が益を上回り、早期中止となった。
重要なのは、蛋白尿はさらに減っていたことである。サロゲートは改善し、患者は改善しなかった。KDIGO 2024はこの教訓をそのまま推奨に書いている。糖尿病の有無にかかわらず、CKDの患者においてACE阻害薬・ARB・直接的レニン阻害薬のいかなる組み合わせも避けることを推奨する(1B)。
以後、原則は「単剤で最大忍容量」に定まった。増やすなら、同じ経路ではなく別の経路である。
第二幕:別の経路は、思わぬところから来た
2本目の柱は腎臓学からではなく、糖尿病薬の心血管安全性試験から出てきた。EMPA-REG OUTCOME(2015年、7020例、観察期間中央値3.1年)は、確立した心血管疾患をもつ2型糖尿病でエンパグリフロジンを検証した試験である。
結果は3点MACEが 10.5% vs 12.1%、HR 0.86(95.02%CI 0.74–0.99)、P=0.04。だが内訳を見ると、心筋梗塞と脳卒中の個別には有意差がない。差がついたのは心血管死(3.7% vs 5.9%)、心不全入院(2.7% vs 4.1%)、総死亡(5.7% vs 8.3%)である。動脈硬化の薬ではなく、心不全と腎臓の薬だった。
そこから腎を主目的に据える試験が続く。CREDENCE(2019年、4401例、全例がRAS阻害薬内服下)はカナグリフロジンで主要複合をHR 0.70(0.59–0.82)、末期腎不全をHR 0.68(0.54–0.86)減らした。DAPA-CKD(2020年、4304例、約3分の1が糖尿病なし)は主要複合 9.2% vs 14.5%、HR 0.61(0.51–0.72)、総死亡もHR 0.69(0.53–0.88)。EMPA-KIDNEY(2023年、6609例)は 13.1% vs 16.9%、HR 0.72(0.64–0.82)。3試験とも有益性により早期中止となっている。
対象は「糖尿病性腎症」から「アルブミン尿のあるCKD」へ、さらに「糖尿病もアルブミン尿も問わないCKD」へ広がった。ただし広げた分だけ低リスクの集団になる。EMPA-KIDNEYでは、心不全入院/心血管死の複合も総死亡も有意差がついていない。
本ページは医学情報の学習を目的とした解説であり、個別の診療判断を代替するものではありません。掲載の数値は各原著論文に基づきます。投与の可否・用量・目標値などの最終判断は、必ず原著論文および最新の国内診療ガイドラインをご確認ください。