ARDSの肺を、開くのか小さく使うのか ― 12試験が17年かけて出した答え
虚脱した肺胞を開いて使える肺を広げる。理屈は美しく、生理学的にも支持されていた。しかし高PEEPもリクルートメントも高頻度振動換気も、死亡を減らせなかった。ARTとOSCILLATEに至っては増やした。残ったのは2000年のARDSNetが示した「小さく使う」であり、2015年にその理由が駆動圧という形で明かされる。そして LUNG SAFE は、その確立した治療が現場で徹底されていないことを示した。
このコラムが参照したガイドライン
本文の記述は、下記の記載と突き合わせて確認しています。診療にあたっては必ず原文と最新版をご確認ください。
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日本呼吸器学会・日本集中治療医学会・日本呼吸療法医学会成人ARDS患者において、一回換気量の制限を行うことを強く推奨する。
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同上成人ARDS患者において、人工呼吸管理を実施する際、プラトー圧制限を行うことを条件付きで推奨する(条件付き推奨/非常に低い確実性のエビデンス:GRADE 2D)。
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同上成人ARDS患者において、リクルートメント手技を日常的に使用しないことを条件付きで推奨する(条件付き推奨/非常に低い確実性のエビデンス:GRADE 2D)。
根拠となる論文(17本)
低一回換気量(6 mL/kg)の肺保護換気がARDSの死亡を減らす N Engl J Med, 2000 ARDSにおける高PEEP vs 低PEEP(ALVEOLI) N Engl J Med ARDSのPEEP設定戦略 ― 最小膨張 vs 最大リクルート(EXPRESS) JAMA ARDSへの開放肺戦略(低容量+リクルートメント+高PEEP)(LOVS) JAMA ARDSへの肺リクルートメント+PEEP滴定 vs 低PEEP(ART) JAMA 早期中等症〜重症ARDSへの高頻度振動換気(OSCILLATE) N Engl J Med ARDSへの高頻度振動換気(OSCAR) N Engl J Med ARDSにおける駆動圧と生存(Amato) N Engl J Med 重症ARDSで早期・長時間の腹臥位が死亡を半減させる N Engl J Med, 2013 ARDSの保守的輸液は死亡を変えないが人工呼吸器離脱を早める(ショック・透析は増えない)― FACTT N Engl J Med, 2006 重症ARDS早期の48時間筋弛緩は死亡を減らす(ただしROSEで再現されず) N Engl J Med, 2010 中等症〜重症ARDSへの早期筋弛緩薬の再評価(ROSE) N Engl J Med 自発覚醒トライアル+自発呼吸トライアル ― 「目覚めさせて、呼吸させる」で予後改善 Lancet, 2008 重症呼吸不全へのECMO紹介戦略(CESAR) Lancet 最重症ARDSの早期VV-ECMO ― 主要評価は非有意だが早期戦略を支持 N Engl J Med, 2018 急性低酸素性呼吸不全に高流量鼻カニュラ酸素(HFNC)― 死亡を下げる N Engl J Med, 2015 ARDSの疫学・診療実態・死亡 50か国調査(LUNG SAFE) JAMA肺を開くのか、小さく使うのか
ARDSの肺は、虚脱した領域と換気される領域がまだらに混在している。換気できる部分は健常肺よりずっと小さい——baby lung と呼ばれてきた考え方である。
ここから2つの発想が生まれた。1つは「小さくなった肺を、小さいまま丁寧に使う」。もう1つは「虚脱した部分を開いて、使える肺を広げる」。
前者は2000年に確立し、後者は17年かけて、ことごとく外れた。そして2015年、なぜ前者が効いていたのかが分かる。
第一幕:小さく使うと、生きる
ARDSNet(ARMA、2000年)は、一回換気量6 mL/kg(理想体重)・プラトー圧30以下の肺保護換気を、従来の12 mL/kgと比較した。院内死亡は 31.0% vs 39.8%(P=0.007、NNT約11)。人工呼吸器離脱日数も増えた。
人工呼吸器の設定を変えるだけで、39.8%が31.0%になった。NNT 11 である。集中治療でこれほど効率の良い介入は多くない。
ここから「肺保護換気」が標準治療になる。同時に、次の問いが立った——では、PEEPはどうするのか。
なぜ人工呼吸器は肺を壊すのか
なぜ換気量を減らすと生きるのか。裏返せば、人工呼吸器はどうやって肺を壊すのか。
ここには4つの道すじがある。過大な換気量で肺胞が伸ばされる容量損傷。高い経肺圧が肺胞を破る圧損傷。虚脱と再開通が繰り返されて組織が剪断される無気肺損傷。そして局所の傷害がサイトカインを介して全身の炎症を呼ぶ生物学的損傷である。
ARDSNet が減らしたのは主に容量損傷だった。では、残る無気肺損傷はどうするか——虚脱した肺胞を開いたまま保てばよい。それが PEEP であり、オープンラング仮説の出発点である。
問題は、PEEP を上げると圧損傷の側が増えることである。3番目を減らそうとすると2番目が増える。第二幕で起きたのは、この綱引きだった。ART で気胸が増え、OSCILLATE で血行動態が破綻したのは、そのためである。
この見取り図を持っていると、第三幕の駆動圧が「なぜ効くのか」も見えてくる。ΔP は、換気量と圧の両方を1つの数字に畳んだ指標だからである。
第二幕:開こうとした試みは、すべて外れた
低換気量を守った上で、虚脱した肺胞を開いて開いたまま保てば、さらに救えるのではないか。オープンラング仮説である。理屈は美しく、生理学的にも支持されていた。
ALVEOLI(2004年)は高PEEPと低PEEPを比較し、酸素化は改善したが院内死亡は 24.9% vs 27.5% で差がなかった。EXPRESS はプラトー圧28〜30まで PEEP を上げる「最大リクルート」を試し、死亡 39.0% vs 35.4% で有意差なし(人工呼吸器非装着日数と救済療法は改善した)。LOVS は開放肺戦略で 36.4% vs 40.4%、RR 0.90、P=0.19。3試験とも、死亡は動かなかった。
決定的だったのは ART(2017年)である。積極的なリクルートメント+PEEP滴定を行った群は、28日死亡が 55.3% vs 49.3%(HR 1.20)と高く、気胸も増えた。開こうとする介入が、害になった。
同じことが高頻度振動換気(HFOV)でも起きた。極小の換気量で肺を開き続ける——肺保護換気の理想形に見えた手法である。OSCILLATE(2013年)は院内死亡 47% vs 35%(RR 1.33、P=0.005)で HFOV 群が高く、早期中止された。高い平均気道内圧が血行動態を圧迫し、昇圧薬・鎮静・筋弛緩が増えた。同じ号に載った OSCAR は 30日死亡 41.7% vs 41.1% で差なし。2試験が同時に、成人ARDSから HFOV を退場させた。
17年かけて分かったのは、「開く」という発想そのものが間違っていたということではない。開くために払う代償——圧と血行動態——が、開いて得られるものを上回っていたということである。
本ページは医学情報の学習を目的とした解説であり、個別の診療判断を代替するものではありません。掲載の数値は各原著論文に基づきます。投与の可否・用量・目標値などの最終判断は、必ず原著論文および最新の国内診療ガイドラインをご確認ください。