敗血症の輸液は、足すのか引くのか ― 22試験で引く、量・種類・やめどきの線
2011年、アフリカの小児3141例で、20 mL/kg のボーラスを入れた群のほうが多く死んだ。48時間死亡 10.6% / 10.5% 対 7.3%。世界中の蘇生ガイドラインが書いていた常識が、逆向きに壊れた瞬間である。その前の10年、輸液は「足りないから足す」ものだった。そこから20年で問いは 3回置き換わり、22試験を経て、強く言えるようになったのは皮肉にも「入れてはいけないもの」だけだった。そして三つ目の問い——いつやめるか——には、いまも直接答えた試験がない。
このコラムが参照したガイドライン
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日本集中治療医学会・日本救急医学会敗血症の初期輸液療法に生理食塩液と比較して調整晶質液の投与を行うことを弱く推奨する(GRADE 2C)。
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同上敗血症に対して、晶質液を用いた標準治療に反応せず大量の晶質液を必要とする場合には、初期輸液に等張アルブミン製剤(4〜5%)の投与を行うことを弱く推奨する(GRADE 2B)。
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同上敗血症に対して、人工膠質液の投与を行わないことを強く推奨する(GRADE 1B)。
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同上血管内容量減少のある敗血症の初期輸液は、循環血液量を適正化することを目標とし、3時間以内に晶質液 30 mL/kg以上の投与を要することがある。ただし、過剰な輸液による害も報告されている(BQ に対する情報提示)。
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同上循環動態が安定した敗血症では、低灌流による臓器障害に十分注意しつつ、制限的輸液管理を行うことを弱く推奨する(GRADE 2C)。
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同上敗血症に対して、平均動脈圧の目標値を 65 mmHgとすることを弱く推奨する(GRADE 2C)。
根拠となる論文(22本)
重症敗血症・敗血症性ショックへの早期目標指向型治療(Rivers EGDT) N Engl J Med 敗血症性ショックの早期目標指向療法(EGDT)は通常ケアより優れない N Engl J Med, 2014 早期敗血症性ショックへのEGDTは90日死亡を減らさない(ARISE) N Engl J Med, 2014 英国でもEGDTは死亡を減らさず、臓器不全と費用は増えた(ProMISe) N Engl J Med, 2015 アルブミン vs 生理食塩水 ― ICU蘇生では死亡が同等(TBIでは害) N Engl J Med, 2004 重症敗血症にHES(ヒドロキシエチルデンプン)は有害 ― 死亡・腎障害が増える N Engl J Med, 2012 重症敗血症でHESは有害、強化インスリン療法も害を増やした(VISEP) N Engl J Med, 2008 ICUの輸液蘇生におけるヒドロキシエチルデンプン(HES) vs 生理食塩水(CHEST) N Engl J Med 低容量性ショックで膠質液と晶質液の28日死亡は変わらない(CRISTAL) JAMA, 2013 重症敗血症へのアルブミン追加は28日・90日死亡を改善しない(ALBIOS) N Engl J Med, 2014 バランス輸液 vs 生理食塩水 ― 重症患者の腎・死亡複合をわずかに改善 N Engl J Med, 2018 ICU外の患者では、バランス晶質液は入院日数を変えないが腎イベントは減らす(SALT-ED) N Engl J Med, 2018 重症成人における緩衝多電解質液 vs 生理食塩水(PLUS) N Engl J Med バランス晶質液は生理食塩水より90日生存を改善しない(BaSICS) JAMA, 2021 重症感染症のアフリカ小児への輸液ボーラスと死亡(FEAST) N Engl J Med ARDSの保守的輸液は死亡を変えないが人工呼吸器離脱を早める(ショック・透析は増えない)― FACTT N Engl J Med, 2006 敗血症性ショックのICU患者への輸液制限(CLASSIC) N Engl J Med 敗血症性低血圧への早期の制限的 vs 積極的輸液管理(CLOVERS) N Engl J Med 敗血症性ショックのMAP目標 ― 高め(80-85)にしても死亡は変わらない N Engl J Med, 2014 敗血症性ショックの蘇生指標 ― 末梢循環(CRT)は乳酸に劣らない JAMA, 2019 敗血症性ショックのバソプレシン ― 全体の死亡は変えず、ノルアドの補助に N Engl J Med, 2008 ショックの第一選択昇圧薬 ドパミン vs ノルアドレナリン(SOAP II) N Engl J Med20 mL/kg を入れた子どもたちのほうが、多く死んだ
2011年、ケニア・ウガンダ・タンザニアの6施設から報告が出た。重症の熱性疾患に意識障害または呼吸窮迫と灌流障害を伴う 2か月〜12歳の小児 3141例を、20 mL/kg のボーラス(アルブミンまたは生食)と、ボーラスなし(維持輸液のみ)に無作為化した試験である。
48時間死亡は、アルブミンボーラス 10.6%、生食ボーラス 10.5%、ボーラスなし 7.3%。**入れた群のほうが多く死んだ**(絶対差 3.3%、RR 約1.45、P=0.003)。
ショックの子どもに急速輸液を入れる。当時、世界中の蘇生ガイドラインがそう書いていた。FEAST はその常識を、逆向きに壊した。
輸液は足りないもので、足せば助かる——10年間、そう信じられてきた。その10年がどう始まり、どう畳まれたのかを追う。
ベッドサイドで輸液を指示するとき、実は三つの問いを同時に処理している。何を入れるか。どれだけ入れるか。そして、いつやめるか。この三つは、それぞれ別の20年をたどってきた。
第一幕:足りないから足す
Rivers らは2001年、救急外来到着後6時間の蘇生プロトコルを提唱した。中心静脈圧、平均血圧、中心静脈血酸素飽和度(ScvO2)を目標に、輸液・昇圧薬・強心薬・輸血を段階的に調整する。早期目標指向療法(EGDT)である。
単施設263例の無作為化試験で、院内死亡は 46.5% から 30.5% へ下がった(P=0.009、絶対差16%)。集中治療でこの大きさの差が出ることは、めったにない。
この一本が、その後10年の敗血症診療を規定した。「早期に、積極的に、目標を持って入れる」。輸液は足りないものであり、足せば助かる——そういう時代が始まった。
第一幕の崩壊:三か国が、同じ答えを出した
2014年、ProCESS が同じ問いを多施設で検証した。EGDT、プロトコル化した標準治療、通常ケアの3群である。60日死亡は 21.0% vs 18.2% vs 18.9%——差がなかった。
同じ年、豪州・ニュージーランドの ARISE が51施設1600例で追試する。90日全死亡は 18.6% vs 18.8%、絶対差 −0.3ポイント(95%CI −4.1〜3.6、P=0.90)。ここで重要なのは、EGDT群がきちんと強く治療されていたことである。最初の6時間の輸液量は 1964±1415 vs 1713±1401 mL、昇圧薬 66.6% vs 57.8%、赤血球輸血 13.6% vs 7.0%、ドブタミン 15.4% vs 2.6%——いずれも P<0.001 で有意に多い。プロトコルは意図どおり働き、それでも死亡は動かなかった。
翌2015年、英国の ProMISe が三本目を締める。56病院1260例で90日全死亡 29.5% vs 29.2%(RR 1.01、95%CI 0.85〜1.20、P=0.90)。この試験はさらに踏み込んだ所見を出した。EGDT群では臓器不全スコアがむしろ有意に悪く、高度循環補助を受けた日数もICU滞在も長かった。費用対効果分析まで統合されており、EGDTが費用対効果に優れる確率は20%未満だった。
三か国、三試験、同じ答え。中心静脈カテーテルとScvO2目標を必須とする EGDT バンドルは、標準から外れた。
ただし注意がいる。13年で対照群そのものが変わっていた。Riversの時代の通常ケアの死亡は46.5%、ProCESSの通常ケアは18.9%である。EGDTが否定されたというより、EGDTが広めた考え方——早く気づき、早く抗菌薬を入れ、早く輸液を始める——が全体に浸透し、上乗せ効果が消えたと読むのが妥当だろう。
こうして「どういう手順で足すか」は行き止まりになった。次に問われたのは、何を入れるかである。
第二幕:何を入れるか——膠質液の敗北
血管内に留まる輸液のほうが効率がよい。膠質浸透圧で水を血管内に引き止められる。理屈は明快で、だからこそ長く使われた。この理屈が崩れるまでに、20年と6つの試験を要した。
最初に検証されたのはアルブミンである。SAFE(2004年、ICU成人6997例)は 4%アルブミン と生理食塩水を比較した。28日死亡は 20.9% vs 21.1%(RR 0.99、P=0.87)。臓器障害、ICU滞在、人工呼吸、透析——どれにも差がなかった。ただしサブグループでは、外傷性脳損傷でアルブミンが害となり、敗血症では利益の傾向が見えた。
その敗血症に絞って検証したのが ALBIOS(2014年、100 ICU・1818例)である。20%アルブミンを晶質液に追加し、血清アルブミン30 g/L以上を維持した。生理学的には狙いどおりだった——最初の7日間、平均動脈圧は有意に高く(P=0.03)、正味の水分バランスは有意に低い(P<0.001)。それでも28日死亡は 31.8% vs 32.0%(RR 1.00、P=0.94)、90日死亡も 41.1% vs 43.6%(RR 0.94、P=0.29)で変わらなかった。生理学的な改善が転帰に結びつかない、集中治療でくり返し見る型である。
人工膠質液(ヒドロキシエチルデンプン、HES)は、同等ではすまなかった。最初に害を示したのは VISEP(2008年)である。重症敗血症で10%ペンタスターチ(HES 200/0.5)と乳酸リンゲル液を比較し、試験は安全性を理由に早期中止された。HESは急性腎不全と腎代替療法を増やし、しかも毒性は投与量の蓄積とともに増大した。単なる無効ではなく、用量依存性の害である。
4年後、二つの大規模試験が追認する。6S(2012年、重症敗血症798例)では HES 130/0.42 群の90日死亡が 51% vs 43%(RR 1.17、P=0.03)、腎代替療法も 22% vs 16%(P=0.04)と増え、出血も多かった。同年の CHEST は、より広いICU集団7000例で6% HES 130/0.4 を検証し、90日死亡は 18.0% vs 17.0%(RR 1.06、P=0.26)で差はつかなかったが、腎代替療法は 7.0% vs 5.8%(RR 1.21、P=0.04)とHESで有意に多かった。
膠質液をひとまとめにして問うた試験もある。CRISTAL(2013年、57 ICU・2857例)は、ゼラチン・デキストラン・HES・アルブミンを含む膠質液群と晶質液群を比較した。主要評価の28日死亡は 25.4% vs 27.0%(RR 0.96、P=0.26)で差なし。90日死亡は 30.7% vs 34.2%(RR 0.92、95%CI 0.86〜0.99、P=0.03)と膠質液に有利だったが、著者ら自身がこれを探索的所見と位置づけている。膠質液の中身が複数製剤にまたがるため、製剤別の評価もできない。
6つの試験を並べると輪郭が出る。アルブミンは同等どまり。HESは害。膠質液全体で見ても、主要評価で勝ったものはない。得るものがなく、腎に負担をかける——これが20年の結論だった。
本ページは医学情報の学習を目的とした解説であり、個別の診療判断を代替するものではありません。掲載の数値は各原著論文に基づきます。投与の可否・用量・目標値などの最終判断は、必ず原著論文および最新の国内診療ガイドラインをご確認ください。